庭は、暮らしを映している。

庭を見ていると、その家の暮らしが少し見えることがあります。

もちろん、全部ではありません。

でも、庭には暮らしが滲み出る。

これは庭屋として仕事をしてきて、確かにそうだなと思います。

こまめに手入れされている庭。

最低限だけ管理されている庭。

植物が好きなんだろうなと思う庭。

昔はきっと大切に手入れされていたんだろうなと思う庭。

反対に、長いこと手が入っていない庭。

庭の状態には、その家の時間が残っています。

でも、それだけでその人の暮らしを分かったつもりにはなれません。

庭が荒れているからといって、その人が庭を大切にしていないとは限らない。

仕事が忙しいのかもしれない。

体力的にできなくなったのかもしれない。

家族のことで手いっぱいなのかもしれない。

昔は庭が好きだったけど、今は生活が変わったのかもしれない。

外から見えるのは、庭の一部分だけです。

だから、庭を見るときには少し慎重になります。

それでも、庭はやっぱり面白い。

人が意識していなくても、暮らしが少しずつ出てくるからです。

庭は暮らしの鏡。

そう言ってもいいのかもしれません。

でも、鏡に映るのは全部ではない。

そのことだけは忘れたくないと思っています。

庭屋として、人の庭に入る仕事をしています。

木を切ったり、草を取ったり、石を動かしたり。

庭を触らせてもらうということは、その人の暮らしの一部に触れることでもあるんだと思います。

だからこそ、分かったつもりにはなりたくない。

見えるものを見て、見えないものは見えないままにしておく。

最近は、そんな距離感で庭を見るようになりました。